240802 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 8月 02, 2024 急に坂本龍一の『async』が聴きたくなって聴く今気づくけれど、僕は坂本龍一ではこのアルバムが1番好きだAsync のリモデルアルバムの面々を見れば納得する10年代のアンビエントに囚われながら生きていくのだろうか明日は普段とは別の職場での勤務で緊張する変に上手くやらなきゃとか考えるのはやめよう。いつだって、その場にいるだけで偉いのだから。と信じている。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
241026 10月 26, 2024 あまり人には話したことがないし、おそらくこのブログを見に来た人にのみ共有されることだけど、中二の冬に父親を癌で亡くしている。 言葉の使い方は難しい。亡くしている?亡くした? 癌で 亡くなった? 思わずその言葉が正しいのか不安になる。亡くしているだなんてあまりに近親感が欠落しているし、15年近く経っているからといってあまりに外側的で俯瞰的な位置に言葉があるように感じる。亡くしたのか、もはや死んで行ったのか、死んだのかすら今も分からない。分からないからこのような態度を取りながら生きているのだけど。あまりに唐突だった気もする。でも闘病の期間は半年もない。半年もないのだからきっと唐突だった。でも中二の日々なんて圧縮されて、全てが一瞬だった。病院へ通うのも、学校に通うのも会う人間が違うだけのように感じていた。だから唐突であったとも思わなかったし、むしろ長かったようにも感じる。中二で受ける苦難は苦難を鈍感にさせる。 その頃からずっと、他者の死に対して多くのネガティブさを持たなくなった感覚がある。遠くも無ければ近くもない。扉を開いたらそこにあるようにも感じているし、扉が開かなければそこにはないようにも思っている。それにイメージは観念的に自分の大気の周りにある感覚もあるし、だとしても観念にしては干渉してこない奔放さもある。14歳の冬に、父親を無くすという経験は何もかもをそこに、通った病院に残して来たように思う。 よく人に話す時にこういう例えをする。人の死は遠くに引っ越して会えなくなった友達のようだ。と。遠くに引っ越した友達とはきっともう二度と会えない。でも生きているから会える可能性は現実的には残されている。何となくだけれど死に対してもそれを感じている。限りなく会えないのだから、死と同期されているように思っている。遠くに引っ越した友達と、どれだけの人間が能動的に会おうとするのだろうか。もしくは偶然性に身を任せて会える日を期待もせずに待ち構えるのだろうか。あまりにこれらは死に別れた人間との再会への期待の仕方に似ているように思う。まあ生きている人間への再会の可能性の方が有限性を持つとは思うが。でもそれでも僕の尺度の中ではそうなのである。 いつからか、というか1年くらい経ってからどんな声で話していたのか分からなくなった。思い出せなくなった。思い出そうとしても思い出せないのだ。声は忘れられて... 続きを読む
241223 12月 23, 2024 トンビを見ていた。 二羽が、金華山の空で、夕焼けのあいだに黒い影となって飛んでいた。 少しだけ雨が降っていたから、すっきりとはしない空であったが、それでも夕焼けに照らされて、良く見えていた。 ただ風に乗り、羽ばたかせることなく空にいるトンビだった。 真上にいたり、川の向こうまで飛んでいったりしながら、ゆるやかに流れるようにそこにいた。 何を目的に、何の方向に、なぜその羽ばたきで旋回するのか不思議だった。どう飛べばよいのか彼らは知っているのか。不思議だった。 二羽は、いつの間にか三羽になっていた。親子なのか、友達なのかわからないけれど。回転するように、風の流れを知っているようによく飛んでいた。 夕暮れと夜のあいだの空を、陽が出ていることを楽しむように飛んでいた。 街を見下ろせば、変わっていくものもあると思うだろうが、空だけを眺めておけばこれはきっと500年前から変わらないのだと思った。 彼は稲葉山が金華山に変わったこと、井口が岐阜へと変わっていったことを知っているのだろうか。むしろもっと前から名前が変わっていったことを知っているのだろうか。 トンビはその土地を知っているのだと思う。 どう羽を広げれば、よく飛べるのか、よく風に乗れるのか。 風の心地良さを知っているのだと思う。 きっと500年前も、彼らの先祖たちは同じ空を飛んでいたのだと思う。同じように。 眺めていたら30分ほど経っていた。さっきまでうるさくてしょうがなかった合宿で来ているだろう高校生たちの声も聞こえなくなっていた。高校生たちは合宿の対抗校の友達の話をしていた。せっかく温泉に来たのになという気持ちはもう無くなっていた。 続きを読む
241010 10月 10, 2024 今元気に働けているのは、いまあらゆる事を能動的に(逆能動的に)動けているのは、鬱ではないからなのか。 2020年頃鬱のような感覚があったのだけど、心療内科などの存在を知らなかったから、とても辛い思いだけをして、閉塞的で、欲望に対してパラノイア的で、Twitterが身体的だった。 その頃のことを思い出す。時々やる気が無くなる時、ふとこれは脳の問題なのかと怖くなる時がある。僕は僕の脳を乗っ取ることが出来ないなとわかる。能動態が崩れていく感覚は残る。けれどメタ的にこころ(精神)の問題ではなく、脳(身体)の問題だな、つまり抗えない部分の問題であるなあと処理していき笑えてくるから何となく元気になって忘れていく。 今はよく、とはいえ最後に残るのは自分の身体であり、人生なのだと思うことがある。 大体のことは仮固定で済ませられるように思う。システムや構造の問題(国家や社会が他者性における幻視のようななにか)であるから、自分の身体が解決する問題では無いなと思うから不安はなくなる。 だからこそ元気でいようと思うのだけど。僕が資本主義に負けるのはアイドルオタクであるときだけで良いから。(限りなくそう。それ以外はできるだけ、手を動かしていこうと思うように) 実際に鬱の診断を受けたわけじゃないから、やきもきするが、いつかまた完全に鬱だけになる日が来るのだろうかと不安になることがある。 鬱なのは私の問題では無い部分が多いと感覚的にわかるからこそ、戻れなくなる日が来るのかもしれないと不安になることがある。 明日もどうでもいいことに笑っていられるといい。 今日は部屋を片付けたし、買い出しも行けた。ジムにもこの後言ってあとは非美学を読み終わったら寝よう。明日から仕事だ。 続きを読む
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